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シャンハイ・クライス
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・朝夜編であれやこれ。
・激しく見切り発車。
・カプ要素が出てくるかどうかもあやしい。
・あるとしたら土方受高杉受夜のひと受。
・もしかしてがっつりほもになるかもしれない。

以上を踏まえた上で何がきても大丈夫の方のみ続きからどうぞ。

+ + + + + + + + + +

手の内でチカチカと音もなく携帯が光る。
メールである。使い慣れた二つ折りのそれを開いて確認すれば差出人は予想通りの人物。常に崩れない無表情を見事に裏切る口調のゆるさそのままの、かわいらしい顔文字がタイトル欄で照れたように笑っていた。

直接顔を合わせたのは二度程だが、見掛けと言動の落差が激しくなんとも読めない男だ。常日頃から笑顔を絶やさぬ夜右衛門も、まあ似たようなものだと言われたが。メールまであのキャラ付けなのかと呆れつつ半ば関心しながら本文を開く。

【三日後。夜半過ぎ。池田家。ひとりで。】

顔文字とスラングで埋め尽くされた本文から読み取った情報に微か生まれた躊躇は、思考から外れた指がメールを削除する間に消えていた。同時に二週間前、交わしたやり取りが甦る。



二週間前のあの日、一橋公との会談で初めて呼ばれた十八代目の名。ずっと欲していたそれは驚くほどすんなり夜右衛門に馴染んだ。その為に父を売ることも幼い頃より共に居た彼女を遠ざけることも後悔はしていない。怖れも喜びも、ようやく手に入るという感慨もない。ただ告げられた家名だけが重く、その重責が寧ろ心地よかった。
これから江戸は動乱に捲かれることになる。この先どう時勢が変わろうが背負うと決めたこの重みだけは潰しはしない。退席する一橋公を平伏して見送りながら夜右衛門は胸中改めて誓った。
パタリと障子扉が閉まり夜色の羽織ち包まれた背中が消える。ゆっくりと顔を上げる最中、どうしてか先ほど城の高見から見た景色を思い出した。

『・・・そういえば、ですね』

江戸の町を彩る人工的な光の数々がまるで宝石箱のように美しく、天と地との境をなくした奈落がぞっとするほど暗かった。

『良かったら、逢ってみて欲しいひとがいるんですけどね』
『私にですか?』
『ハイ、そうです』
『別に構いませんが・・・』

相変わらず携帯をいじりながら、ちらりと寄越された無表情が僅かばかりの戸惑いを滲ませ夜右衛門を見やる。珍しい、と思ったのは一瞬。そして自身の不可解な畏れも一瞬ですぐに悟った。

『どうやら相当、難しい立場の方のようですね』

人を煙に捲くのに長け幕府のお歴々相手に腹芸で渡り合う見廻組隊長が、こうも簡単に躊躇を悟らせるというのはそういう相手ということだろう。

『そうなんですよ。いやぁ察しが早くて助かりますね』
『名をお聞きしても?』
『ダメです』
『どういったご職業、というのも教えて頂けないですね?』
『ええ、ダメです』
『やれやれ・・・それでは判断の仕様もないのですが』
『でしょうねぇ』

名前も職業も漏らせない、ひどく難しい立場の客人。
本来なら避けるべきリスクだろう。御家のことを思えば尚更だけれども。

『そうでしょう? ―――でも、うん・・・いいですよ』

諾との応えに携帯を弄る男の手が止まり、男がゆっくり夜右衛門を見る。そうしてはじめて確り絡んだ眼は微かな驚きと疑心、何より強い好奇心に満ちていて。

『・・・よろしいので?』
『はい』
『ぶっちゃけ現場を押さえられたら、アナタだけじゃなくアナタの大切な御家にも傷がつくと思いますが』
『そうなんですか? じゃあやめようかな』
『・・・えっ?』
『嘘ですよ』

ニッコリいつも通りの笑みを返つつ夜右衛門は考える。客人のことではない、御家とそして目の前の男のこと。
本来リスクを避けるべきなのは重々承知。けれど十八代目の名は始まりから既に正道から外れている。ならば何を以て正とすればいいのか。
幕府か? それとも一橋か?
否、どちらかだけでは護れないものがあると知ったから夜右衛門は、男の言葉を受け入れたのだ。


『構わないと言ったのは私ですから一切お任せ致します』
『・・・・・・構わない、ねぇ』
『不満そうですね』
『不満という程ではないですが』

どうやら気に添う応えではなかったらしい。ちいさな溜め息と共に男の眼からひかりが消える。いつも通り無感情なそれはもう夜右衛門を映していない。
けれどそれで良かった。元々名門である佐々木家の隣に池田の名は並び立てるものではない。それほどの開きがあるのだ。この男の家と、池田の間には。だからこそ初めから、夜右衛門は不思議でならなかった。

『それでは私からもひとつお聞きしてもよろしいですか?』
『どうぞ?』
『あなたは何故、池田を受け入れたのですか? 』

一橋にしろ未だ見ぬ客人にしろ、何よりこの男が、高々首斬り役人に何を求めているのか。少しばかり腕が立つ家名とはいえ大した駒になるとも思えないのだが――自分で取り入っておきながら、ずっと不思議に思っていた問いを投げれば男は相変わらず無表情のまま。けれど口元に微かな呆れを滲ませ苦笑した。

『簡単なことです。アナタに興味が沸いたからです。池田の技でも家名でもありません、私達が欲しいのはアナタ自身ですよ』

――十八代目・池田夜右衛門さん。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「夜右衛門さま?」

あの日と同じ名を呼ばれ深い思椎から浮上した。空は青く、陽のひかりが降り注ぐ稽古場から彼女が心配気な顔を覗かせる。父亡きあと共に御家を支えていこうと誓い合った、妬ましくもいとおしいもうひとりの夜右衛門。
あの日、初めて与えられた十八代目の呼称も、苦笑と共に呼ばれた名も彼女が呼ぶそれも、夜右衛門のものではあるが夜右衛門だけのものではない。
生まれた時から名と共に家を背負い生きてきた。その為だけに。

「なんでもありませんよ・・・・・・あぁ、そういえば三日後に客人を迎えるので人払いをお願いします」

だから彼らが欲する『池田夜右衛門』とは、家名を背負うことのない『自分自身』とは何か。
興味が沸いたというならそれがドウイウモノなのか、こちらこそ教えて欲しいくらいなのだけれど。















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次はしんすけくんとよるのひと。
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